【ディズニーシーの開園日】なぜ9月4日だったのか?開園までの歴史を振り返り!

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    東京ディズニーシーの開園日は2001年の9月4日でした。なぜ年の始めや4月など、キリの良い月ではなかったのか?気になった方もいるのではないでしょうか。実はこの9月4日という日は東京ディズニーシーにとって、非常に大切な日だったのです。そんなディズニーシーの開園日がなぜ9月4日だったのか、お話したいと思います♪

    こんにちは、ディズニー大好き、ワーママのぴょこです。

    今回は、東京ディズニーシーが開園して20周年ということで、なぜ東京ディズニーシーの開園日が2001年9月4日だったのかを東京ディズニーシーの歴史をお話しながらご紹介したいと思います。

    ディズニーシーの歴史についてチェックしていきましょう。

    【ディズニーの歴史】年表形式で振り返るディズニーランド&シー!2021年までの歩み

    ディズニーシー開園日はなぜ9月4日?:開園までの歴史

    ディズニーシー開園までの歴史
    ディズニーシー開園までの歴史

    東京ディズニーシー開園までの歴史をご紹介します。

    ◆第2のパーク構想が発表

    1988年4月、東京ディズニーランドが開園5周年の記者会見にて第2のパーク構想が発表されました。

    パーク周辺の開発も含めた構想で、「ディズニー・ハリウッド・スタジオ・テーマパークat東京ディズニーランド」という計画があったようです。

    アメリカのフロリダ州にある「ディズニー・ハリウッド・スタジオ」がベースとなっています。

    映画やミュージカルの世界観が人気のパークとなっており、「ディズニー・ハリウッド・スタジオ・テーマパークat東京ディズニーランド」の計画がそのまま進んでいたら、現在の東京ディズニーシーとは全く異なるパークになっていたのではないでしょうか。

    ◆計画を断念?

    「ディズニー・ハリウッド・スタジオ・テーマパークat東京ディズニーランド」の計画は、1992年に打ち切られてしまいます。

    オリエンタルランドサイドが映画やミュージカルといった文化はまだ日本には受け入れられにくいと考えたからです。

    そして、協議の結果、「セブン・シーズ(7つの海)」というテーマで進めることとなり、東京ディズニーシー実現の大きな一歩となりました。

    ◆アメリカと日本の衝突

    新しいテーマになってからもアメリカ本国とオリエンタルランドの協議は難航を極めることとなります。

    アメリカ本国ではアメリカ人にとって冒険の守り神であり祖国に戻ってきたシンボルとも言える温かなイメージを持つ『灯台』を提案し、オリエンタルランドは日本に馴染みのない『灯台』はシンボルに相応しくないといったことから平行線を辿ることもありました。

    結果的にこの協議は『アクアスフィア』という東京ディズニーシーのエントランスにある地球をモチーフにしたシンボルを生むこととなります。

    ◆会長の死

    1998年10月22日に着工式が行われ、無事東京ディズニーシーの開発が始まりました。

    そんな中、オリエンタルランドの会長を務めており、ディズニーランドを日本に誘致した立役者の一人、高橋政知さんが2000年1月31日に心不全で亡くなってしまいます。

    ◆東京ディズニーシーのオープン

    2001年9月4日、総工費約3,350億円の巨大プロジェクトである東京ディズニーシーがグランドオープンしました。

    それはなんと、高橋政知さんが生きていたら88歳という誕生日でした。
    東京ディズニーシーを含めた東京ディズニーリゾートがあるのは高橋政知さんがいたからこそという想いから、9月4日という日がオープン日となったのです。

    当日の天気はあいにくの空模様だったようですが、関係者による開園宣言が行われた際は雨が止んで日が差し込んだと言われています。

    ディズニーシー開園日はなぜ9月4日?:高橋政知さんについて

    ディズニーシー開園までの歴史
    ディズニーシー開園までの歴史

    東京ディズニーシーの生みの親であり、東京ディズニーリゾート開園の立役者である高橋政知さんとは一体どんな人物だったのでしょうか。

    ここで簡単に高橋政知さんをご紹介したいと思います。

    福島県福島市で生まれ、内務官僚にもなったエリートで、戦争を体験するも無事帰還することができた強運の持ち主でした。

    戦争直後には仕事もありませんでしたが、ある会社に入社することができ、その後オリエンタルランドに入社するきっかけとなる江戸英雄さんと出会い、江戸さんの紹介によってオリエンタルランドの交渉役になったのです。

    そしてオリエンタルランドの社長であった川崎千春さんの右腕として活躍することとなります。

    高橋政知さんは、交渉役として浦安沖の漁業補償に成功し、ディズニー誘致に成功し、川崎さんが社長職を降りた後にオリエンタルランドの社長となり、東京ディズニーランドをオープンさせたのです。

    これだけでもすごい功績だと言われていますが、その後もディズニー社が計画した「東京ディズニーワールド」のプランを元に東京ディズニーリゾートを作り上げていきました。

    奇しくも東京ディズニーシーの開園を待つことなく亡くなってしまいましたが、その功績は東京ディズニーシーの開園日として東京ディズニーリゾートに深く刻まれることとなります。

    まとめ

    東京ディズニーシーがどうして9月4日にオープンしたのか、そしてオープンまでの歴史の裏には故高橋会長を筆頭に様々な関係者の熱い思いが詰まっていることがお分かりいただけたかと思います。

    20周年を迎え、新しい挑戦をし続ける東京ディズニーシーの今後が楽しみですね♪

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